まだ街が目覚めない薄暗い時間帯。氷と魚の香りに満ちた仕事のシーンが脈打ちはじめる。魚たちが運ばれるコンテナや発泡スチロールがすれる音、軽やかな掛け声、すべてが織り成すリズムは日常の平凡さをやさしく揺さぶり、自身の鼓動を目覚めさせる。
まるで朝陽が水面を染め上げるように、自分の中に秘めていた活力がぱっと色づくのを感じる。
祭りの前夜のようなあの高揚感や、何か新しいことが始まるような期待が心のなかに湧き上がる。そんな一日のスタートを切る人たちの世界があったらワクワクしないだろうか。
九州魚市株式会社(以下九州魚市)は北九州やその周辺の食を支える、北九州魚市場を運営する企業。
皆がまだ寝ている早朝から仕事をはじめ、新鮮な魚たちを食卓に届けるために汗を流している。
なかなか普段の生活の中では直接的に関わりがある場所ではないかもしれない。
しかし、これからの食や新しい市場のあり方や楽しみ方を考えて、活躍の場を広げている若手がこの市場にはいる。そんな世界を少しのぞいてみたいと思います。
「こんな私でも大丈夫」
と安心して働ける環境

最初に登場するのは、九州魚市に入社して6年目、管理部門で経理や人事を担当している隈部(くまべ)さん。高校卒業後に入社し、これまでの活躍を伺った。
高校時代、隈部さんは「早く働いてお金を貯めたい」という気持ちが強かったといいます。進学を考えることはせず、「自分のやりたいことを楽しむならお金は必要。
だったら高校卒業後に就職するのがいちばん」と考えていたそうです。
そこまでハッキリとした将来像は描いていなかったけれど、自分のやりたいことをするには早く社会に出なければ、というイメージで踏み出しました。
実際の仕事を始めたとき、思った以上に朝が早いことが最初の壁でした。もともと朝が苦手だったからこそ「大丈夫だろうか」と不安はあったものの、出勤時間が早い分だけ昼過ぎには退勤でき、夕方から夜の時間を自由に使える生活リズムがとても気に入ったそうです。
自身の趣味のライブや買い物、友だちとの食事など、自分の時間をゆっくり楽しめるのはむしろメリット。「もう一般的な9時〜17時勤務には戻れないかも」と笑うほど、今ではこのライフスタイルにすっかり馴染んでいます。いちばんの支えは、「職場の人間関係がとてもいい」ということです。
そんな隈部さんは、もともと人と話すのが好きで、最近では採用担当として会社説明会などにも参加。福岡市で行われた合同企業説明会にブースを出したときは、自分の言葉で会社の雰囲気を紹介し、「面白そう!」と感じてくれた学生がそのまま入社を決めた経験もあるそうです。「誰かの背中を押して、人生が少し動く瞬間に立ち会えたのは本当にやりがいがあった」と、イキイキと語ってくれました。
若手もベテランも、どちらもが輝ける場所

「入社前に抱いていたのはちょっと怖そう、職人気質の人が多いのでは、という不安でした。」
そう話すのはセリ場に携わる入社2年目の馬場さん。『市場』と聞くと「体力勝負」「男社会」のイメージが強かったけれど、実際は違ったそう。実際に働いてみると、周りの先輩たちは気さくで優しく、何でも教えてくれる存在。眠気はあるけれど、毎日新しい知識や体験があるからこそ楽しくやれているそうです。
水産加工品の部署で12年目となる赤池さんも、10年以上勤めている中で「市場はとにかく人と人との支え合えで成り立っている」と感じてきました。忙しいときはお互いフォローし合い、休日にはメンバー同士で“釣り部”を結成して海に出ることもあるのだとか。
仕事もプライベートも仲間と一緒に満喫するシーンも多いのだそう。
赤池さんは普段、加工品の管理業務でひっきりなしの電話対応をこなしています。それでも「自分が扱った商品がスーパーにずらっと並んでいる光景を見ると嬉しくなる」と言います。ノルウェー産のアジを日本でいちばん仕入れて売っていた時期もあったそうで、「市場には、毎日その日に入ってくる魚があって、それをその日のうちにさばいて次に進めるスピード感がある。そこが性に合っている」と笑顔で話してくれました。
馬場さんはセリ現場を目の当たりにするうちに、「いつか競り人になりたい」と思うようになりました。競り人は、価格を即座に判断しながら買参人とやり取りをしていく、いわば市場の花形。下積みを積みながら学び、近い将来その場所に立ちたい、という目標が見えてきたそうです。こうした具体的な“なりたい姿”が自然と生まれるのも、市場で働く醍醐味かもしれません。
社長が想い描く「22世紀の市場」の姿

ここ数年、市場内では若手社員や周辺企業の同世代が集まり、「22世紀委員会」というグループ活動が活発になっています。発起人は社長の中谷さん。市場をもっと開かれた場所にしていきたいという想いから、若手に自由に動いてもらう場を作ろうと考えたそうです。
委員会のメンバーは、会社の垣根を越えて10人以上。最初はみんなでアットホームな飲み会を開く程度でしたが、「せっかくだから何かイベントをやってみよう」と声が上がり、JRと協力したウォーキング企画や地元大学とのコラボ、市場まつりなど、さまざまなアイデアが次々に実現しました。なかでも数千人規模の市場まつりが成功したときは、「こんなに一般の人が興味を持ってくれるんだ」と驚きと喜びが一気に広がったといいます。
社長は、「若手に“やってみろ”と上から言うだけでは動きは続かない。自分たちで企画して盛り上がり、形にしていくほうがモチベーションが上がるはず。だからお金の交渉などは僕がバックアップするけれど、メインの進行は若手に任せている」と話します。
祭りやイベントが大成功すると、「次はこんなことをやりたい」という声が自然に生まれてくるのだとか。
22世紀委員会のビジョンは、「朝が早いだけの市場ではなく、新しい面白さを発信していきたい」というもの。海外の観光客向けにセリの見学ツアーを開いたり、マグロの解体ショーを配信したり、サッカーチームや高校生とのコラボを企画したり。そんなアイデアを少しずつ形にしていくうちに、ベテラン社員も「楽しそうだから手伝うよ」と乗り気になってくれたそうです。今後は、校外学習や職場体験でも積極的に高校生を招きたいと考えているとのこと。市場の外とつながることで、自分たちの仕事をより豊かにしていこうという意識が少しずつ広がっています。
歴史の深さと
新たな挑戦と
変わり続ける楽しさ

これまで話を伺って感じることは『働く場としての魅力はその場を盛り上げている人たちの歴史』があるということ。
漁師さんや仲買人の方々はとにかく魚や海の知識が豊富にある。季節ごとの旬の魚や、美味しい食べ方や市場の人間だからこそ知っている”通”な食べ方。時にはその土地ならではの食べ方なんかも知れる。
そんな知識や歴史は私たちの日常を彩ってくれる。日々の食卓や買い物など、何気ない時間だったところに楽しみがうまれる。
また、市場での仕事は「ただ魚を扱うだけ」では終わりません。イベントを企画してみたり、広報に携わったり、海外へ情報発信したり。やりたいことを探しながら仕事の幅を広げ、会社や市場を盛り上げるチャンスが巡ってきます。
赤池さんも「最初は魚の知識がほとんどなかったけれど、やっていくうちに新しい業務に次々チャレンジできるのが面白い」と感じており、「ただ業務をこなすだけで終わらない」と言います。
社長も「若手にはどんどん自分のアイデアを試してほしい。失敗はあっても大丈夫。そこから市場の新しい可能性を作っていってくれたら最高だ」と期待をかけます。
朝が早い市場、というイメージの先にある、まだ見ぬ面白さを一緒に形にしていく仲間を大募集中なのです。
隈部さんが言うには、魚が大好きでなくても、働き始めてみたら意外に興味が湧くことは多いそうです。セリの光景ひとつとっても迫力があり、市場ならではの達成感や仲間とのチームワークを味わううちに、どっぷりハマってしまう人も珍しくありません。
赤池さんは「新人の頃は、『セリって何?』という状態でも、先輩たちが丁寧に教えてくれたし、周りのサポートがあるから安心してほしい」と話します。壁にぶつかったとしても、横のつながりが強いぶん、乗り越えやすい。むしろ“大変さ”もみんなで共有するからこそ楽しいのではないでしょうか。
北九州市の台所として欠かせない水産市場には、まだまだ知られていない魅力がたくさんあります。朝が早いとか、体を使う仕事が多そうだとか、最初はハードルに感じるかもしれませんが、そこで働く人たちは「もっと面白くしよう」という気概にあふれています。イベントで地域とつながったり、釣り部で盛り上がったり、夢中でセリに挑戦したり……。
日々新鮮な魚と出会うように、新鮮な驚きと発見が毎日転がっている世界です。
もし「自分は朝起きられるのかな」「魚の知識ゼロだけど大丈夫かな」と思ったとしても、まずは見学に訪れてみてはどうでしょう。活気あるセリ場やフォークリフトが走り回る早朝の市場は、テレビや写真で見るだけではわからない迫力があります。
そんな場所で働く自分を想像してみたら、新しい未来が少しずつ開けてくるかもしれません。
髪色の自由さや若者同士のイベントといった“ゆるさ”もありつつ、食文化を支えるという“真剣さ”もある。一言でいえば、柔軟さと安定感のバランスがある場所。今後はセリの最前線に立っているかもしれませんし、加工技術を研究しているかもしれないし、海外に市場の魅力を発信しているかもしれません。朝が早くても、その分だけ午後を自由に思い切り満喫できる暮らしも、ひとつの魅力。
朝日を浴びながら鳴り響く競り人の掛け声の中に、新しい自分を発見できるかもしれません。